信念が会社を動かす──内製化の舞台裏

1. メッキ液はどこから来るのか

半導体メーカーや電子部品メーカーの現場に欠かせないものの一つに、メッキ液があります。
リードフレームや電極、配線、接点など、あらゆる箇所で「表面処理」としてのメッキは必要不可欠です。
そして、その処理を実現するのが、各種のメッキ液。
金、銀、銅、ニッケル、スズといった金属ごとにレシピが存在し、安定的な品質を保つには高度な調合技術が求められます。

通常、このメッキ液は 専門メーカー から購入します。
薬液メーカーが提供するのは、金属塩や添加剤を組み合わせた「処方済みの薬液」。
ユーザーである工場は、それを希釈・調整しながら生産に使うのが一般的です。

だからこそ、メッキ液は「外から買うもの」という認識が根強い。
それを 自社で調製し、内製化する という発想は、通常あまり出てきません。

2. 内製化に挑んだ電子部品メーカー

私がかつて関わった大手電子部品メーカーの購買部担当者は、この常識を覆しました。
「メッキ液を自社で作れないか?」
そんな一言から始まったのです。

正直、最初は耳を疑いました。
メッキ液は薬液メーカーのノウハウの結晶であり、下手に真似をすれば品質トラブルやライン停止につながりかねません。
しかも、電子部品の世界はナノ単位の精度が求められる領域。
メッキ液の安定性は歩留まりや信頼性に直結します。

しかし、その購買担当者は本気でした。
彼はただ安く仕入れたいわけではなく、
「自社の技術と知見でメッキ液をコントロールし、コストだけでなく競争力そのものを高めたい」
という強い信念を持っていたのです。

3. 購買部の調整力が動かした大プロジェクト


内製化の実現には、購買だけでは到底進められません。

  • 生産部門:実際に薬液を使ってラインを動かす人たち
  • 技術部門:処方開発や品質検証を担う専門家
  •  品質保証部門:不良を防ぐ最後の砦

これら複数の部署が密接に連携しなければならない。
通常であれば、それぞれの部門には縦割りの論理があり、部門間調整だけでプロジェクトが立ち消えになるのがオチです。

ところが、この購買担当者は違いました。
彼は単なる「値段交渉人」ではなく、社内のハブとなり、複数の工場のキーパーソンを一人ひとり説得し、巻き込んでいきました。
「購買の仕事は価格を下げること」──そんな固定観念を軽やかに超えて、まさに「プロジェクトマネージャー」として振る舞ったのです。

やがて内製化は現実のものとなり、いくつかのメッキ液は自社工場で製造されるようになりました。

私自身もその過程で原材料の供給に関わらせていただきましたが、購買部門がここまで中心的な役割を果たすケースは、他ではほとんど見たことがありません。

4. 尊敬すべきリーダーシップ


さらに驚かされたのは、その担当者の人柄でした。
こうした大規模プロジェクトを主導した人間であれば、多少の自負や尊大さが滲み出てもおかしくありません。
ところが彼は、まるで逆。
常に柔和で、誰にでも優しく、知識や経験を惜しみなく教えてくださる。
「自分が中心だ」と誇示するのではなく、周囲の努力を引き出すことに徹する姿勢を持ち続けていたのです。

私は長年、数多くの購買担当者と接してきましたが、ここまで 「信念と謙虚さ」 を兼ね備えた人物に出会うことは滅多にありませんでした。
その出会いは、私のビジネス人生において忘れられない財産になっています。

5. 購買の役割を再定義する


この経験を通じて、私は「購買部の役割」を深く考え直しました。

一般的に購買部といえば、

  • 価格交渉
  • 契約締結
  • 納期管理

こうした機能にとどまりがちです。
しかし、本質的にはそれ以上の力を持っています。
購買は、企業の利益構造を変える起点になり得る。

  • 原材料の調達方法を変える
  • サプライチェーンを見直す
  • 技術部門を巻き込み、新しい仕組みを構築する

それは単なる「コスト削減」ではなく、企業競争力の源泉を強化する行為です。

あの購買担当者の姿は、そのことを身をもって示してくれました。

6. 中小企業にこそ広がるチャンス


確かに、メッキ液の内製化は簡単ではありません。
専門メーカーのノウハウに頼らず、自社で調製するには新しい知見や努力が必要です。
しかし私が見た現場では、大手メーカーの複数工場を巻き込んだ大規模なプロジェクトでさえ、購買部のリーダーシップで実現できました。
つまり、「やろうと決めて、調整と知恵を尽くせば内製化はできる」 という事実が証明されたのです。
そして、必ずしもすべての原料に当てはまるわけではないものの、仕組みも含めて、中小企業の方がスピーディーに内製化を進められるケースは多いのです。
なぜなら、大手に比べて

  • 現場と経営層の距離が近く、意思決定が速い
  • 部門間の壁が低く、横断的な取り組みがしやすい
  • 経営者が自ら旗を振れば、すぐに全社を動かせる

こうした特徴を活かせば、大手以上にスピーディーに内製化や仕組み改革を進められるのです。

中小企業だからこそ持てるこの強みを生かし、単なるコスト削減にとどまらず、自社の競争力を磨く武器としての内製化 に挑戦するチャンスが広がっています。

7. まとめ──購買の未来像


私が出会ったあの担当者の姿を振り返るたび、購買という仕事の可能性を強く感じます。
購買は、単に「支出を減らす」ための部署ではありません。

購買は、

  • 技術をつなぐ力
  • 部門を調整する力
  • 未来を描く力

を持つことで、会社全体の利益構造を変える触媒になり得るのです。

あのメッキ液内製化プロジェクトは、単なるコスト削減の事例ではありませんでした。
それは、購買が 「企業の競争力を創り出す」 ことができることを示した実例だったのです。
そして、信念を持ちながらも謙虚で、誰よりも人を大切にするその担当者の姿は、私にとって「購買の理想像」として、今も心に刻まれています。

また、私自身もこのようなレベルで内製化を目の当たりにした経験は、今も息づいており、現在私が進めている商社機能内製化支援の事業に反映されています。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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